米浜村(読み)よねはまむら

日本歴史地名大系 「米浜村」の解説

米浜村
よねはまむら

[現在地名]志賀町米浜

福野(ふくの)村の北東、旧福野潟の北東辺に位置し、背後は丘陵の先端部。於古(おこ)川の土砂や開拓によって埋立てられた福野潟は、もと日本海の深い入江がふさがれて取残されたものといわれ、近年、内陸部の当地で大量に出土した能登式製塩土器が注目された。元和二年(一六一六)の高二六四石余、役棟四(「苦竹運上極」雄谷文書)。正保郷帳では穴口(あなぐち)村と合せて高四一〇石余、田二四町一反余・畑三町二反余、免三ツ七歩九厘。寛文一〇年(一六七〇)の村御印には高二八三石、免五ツ、新田高一一石、小物成は山役四〇目・苦竹役一九匁、鳥役六匁(出来)とある(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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