糟谷磯丸宅跡(読み)かすやいそまるたくあと

日本歴史地名大系 「糟谷磯丸宅跡」の解説

糟谷磯丸宅跡
かすやいそまるたくあと

[現在地名]渥美町伊良湖 長切

磯丸は伊良湖の漁夫で、初め新之丞のち半之丞といい、諱を貞良といった。三七、八歳の頃仮名を覚え、亀山かめやまの井本彦馬(号常蔭)和歌の手ほどきを受け、次いで吉田よしだ(現豊橋市)の女流歌人林織江の手引により、京都の公卿芝山大納言持豊の門に入った。天衣無縫の歌は至る所でもてはやされ、三河の各地や信濃尾張にまで足跡を残した。歌詞には病除け・火災除け・家内安全の類が多く、吉田藩主・田原藩主・大崎領主にも度々拝謁して歌を詠んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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