紀広庭(読み)きの ひろにわ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「紀広庭」の解説

紀広庭 きの-ひろにわ

?-777 奈良時代の公卿(くぎょう)。
紀麻路(まろ)の子。天平宝字(てんぴょうほうじ)8年(764)藤原仲麻呂追討の功により従五位下。神護景雲(じんごけいうん)3年称徳天皇の河内(かわち)由義宮(ゆげのみや)行幸の供をする。道鏡の出身地に設営された由義宮が西京(にしのきょう)とされ,河内国が河内職(しき)に改変されると,その亮(すけ)となる。道鏡失脚後,河内守(かみ),兵部大輔(ひょうぶのたいふ)をへて,宝亀(ほうき)6年参議。のち美濃(みのの)守。従四位下。宝亀8年6月12日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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