日本歴史地名大系 「紙屋庄」の解説
紙屋庄
かみやのしよう
現
渡庄目録(九条家文書)には、ともに平等院領のなかに近衛殿御領として「紙屋庄 年貢米五十石」と記されており、おそらく関白忠通以前から摂関家領として宇治平等院に伝来されていたものと思われる。建武三年(一三三六)八月三〇日には近衛基通の孫静基が門跡初祖となった山城
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現
渡庄目録(九条家文書)には、ともに平等院領のなかに近衛殿御領として「紙屋庄 年貢米五十石」と記されており、おそらく関白忠通以前から摂関家領として宇治平等院に伝来されていたものと思われる。建武三年(一三三六)八月三〇日には近衛基通の孫静基が門跡初祖となった山城
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