日本歴史地名大系 「紙方役所跡」の解説 紙方役所跡かみかたやくしよあと 徳島県:徳島市徳島城下東富田紙方役所跡[現在地名]徳島市富田橋一―二丁目徳島藩が専売制をとっていた紙を統制・管理する役所。紙御蔵が併設されていた。紙役所・紙方代官所などともよばれた。徳島藩の紙統制は、元和二年(一六一六)一一月一日付で「紙之類売買之儀、寺島古町中ニ申付之条、わきわきにて致取沙汰儀、令停止者也」という定書(徴古雑抄)を徳島城下寺島(てらしま)の紙屋(かみや)町に出し、同町の一七家の紙商人に売買の独占権を与えたことから始まる。宝永三年(一七〇六)には制度化し、井関源内を御国中紙裁判御用に任じて紙の統制に当たらせ、美馬(みま)・三好(みよし)両郡諸村の紙漉人らから紙を買上げ上方へ移出することとした。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by