細呂木村(読み)ほそろぎむら

日本歴史地名大系 「細呂木村」の解説

細呂木村
ほそろぎむら

[現在地名]金津町細呂木

北潟きたがた湖の東岸、蓮浦はすがうら村の西にあり、細呂木川(観音川)が北潟湖に流れ込む地点に位置する。古くは今道いまみち村とよばれ、弘安九年(一二八六)頃の河口庄郷々算失恩損歎分支配状(大乗院文書)に「二反 今道両人名」と記される。室町中期以前のものと思われる河口庄御検注郷々仏神田注文(神宮寺文書)にも「今道地蔵堂田」とある。また、「大乗院寺社雑事記」文明二年(一四七〇)七月一四日条に記す「河口庄郷々内村名」に細呂宜ほそろぎ郷内の村として記される「今古村」は今道村の誤記か。その他元亀三年(一五七二)の証如絵像(吉村家蔵)裏書や慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図にも今道村の名が記されている。

江戸時代になると、当村は北陸街道宿駅に定められ、金津宿まで一里二四町二三間、加賀国境まで二三町三二間であった(越前国名蹟考)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む