細呂木関跡(読み)ほそろぎせきあと

日本歴史地名大系 「細呂木関跡」の解説

細呂木関跡
ほそろぎせきあと

[現在地名]金津町細呂木

細呂木に沿って流れる細呂木川(観音川)には江戸時代より橋があり、「越前地理指南」には「長八間半 幅二間 水二尺五寸 岸五尺」と記される。この橋のたもとに関所があり、「越藩史略」に「板取細呂木は之を関と称し、其余は口留と称す」と記され、加賀国への関門として、近江国への関門である板取(いたどり)関(跡地は現南条郡今庄町)とともに最も重要視された。当関は山竹田(やまたけだ)(現丸岡町)の口留番所とともに金津奉行の支配下にあり、番人として足軽が二人詰めていた。宝永七年(一七一〇)の細呂木山竹田此両所金津奉行支配御番人江被仰渡覚(「御城代勤務諸覚書」松平文庫)は各種交通手形に関する定のほか、次のように記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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