細川興増(読み)ホソカワ オキナガ

20世紀日本人名事典 「細川興増」の解説

細川 興増
ホソカワ オキナガ

明治〜昭和期の男爵 維新史料編纂会委員。



生年
弘化2年11月25日(1845年)

没年
昭和8(1933)年3月3日

出身地
肥後国(熊本県)

旧姓(旧名)
長岡

経歴
熊本藩主細川家の一門・長岡興恭の長男に生まれる。嘉永2年(1849年)先代興昌の養子となり、慶応3年(1867年)家督を継ぎ、明治2年復姓して細川と改めた。明治維新の際には国事に奔走し、西南戦争では旧熊本藩士の鎮定に尽力する。その後、日清戦争に従軍し功を立てる。30年男爵。維新史料編纂会委員、熊本城史編纂会副会長などを務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 旧姓

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「細川興増」の解説

細川興増 ほそかわ-おきなが

1845-1933 明治-昭和時代前期の華族。
弘化(こうか)2年11月25日生まれ。肥後熊本藩主細川家の一門長岡興恭の長男。細川興昌の養子となる。西南戦争では旧熊本藩士の鎮定に尽力。維新史料編纂(へんさん)会委員をつとめた。男爵。昭和8年3月3日死去。89歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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