絵師村(読み)えしむら

日本歴史地名大系 「絵師村」の解説

絵師村
えしむら

[現在地名]笠岡市絵師

富岡とみおか村の北にあり、応神おうじん山を背に北は馬飼まかい村、東は今立いまだて川を挟み新庄しんじよう(現浅口郡里庄町)など。南端はま街道が東西に走る。元和五年(一六一九)備後福山藩領となり、以後領主の変遷は笠岡村に同じであったと考えられる。寛永備中国絵図には「江志村」とあり高一六九石余、笠岡村と新庄村・西大島にしおおしま村に挟まれた入海に面しているが、延宝二年(一六七四)当村地先の干潟を干拓した富岡新田造成により海浜はなくなった。同新田灌漑のため、翌三年当村内にの池が造築された。卯の年にできたので命名されたもので、池敷提供にあたっては替地を富岡村地内に与えられた。元禄一〇年(一六九七)に同池の土砂留として応神山南麓の古坊ふるぼう池を富岡村が買収。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む