絵鞆岬
えともみさき
絵鞆半島の先端の岬。前方に恵比須島、後方に大黒島を望む。近世の記録にはヱトモ・エンルムとみえる(→ヱトモ)。アイヌはこの岬に砦として道内で最も規模の大きいヱトモ(エンルム)チャシを設けており、縄文・続縄文・擦文の各時代およびアイヌ文化期にわたる絵鞆遺跡として知られる。谷「蝦夷紀行」の寛政一一年(一七九九)五月六日条に「ヱトモの崎、荒波に穿たれ洞をなす、弁天崎といふ」、同年八月二日条には「ヱンルムの崎、大黒嶋、戎嶌、ヱトモ等を望む」とある。白鳥澗(室蘭湾の古名)とともに澗掛りの良さについて多くの記録で言及されており、「津軽一統志」では「ゑとも崎」に「船澗有」と記される。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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