網引浦(読み)あびきうら

日本歴史地名大系 「網引浦」の解説

網引浦
あびきうら

「続日本紀」神護景雲二年(七六八)二月一七日条に「備後国葦田郡人網引公金村、年八歳喪父、哀毀骨立、尋了母艱、追遠益深、賜爵二級、復其田租終身」とみえる金村の居住地と伝えられ、「福山志料」は「太平山ノ西ノ下ヲ云」、「西備名区」は「大佐山の西の山下にありしとぞ、今は神谷川の流れとなる」と記す。また同書は「大古は穴湾、都祢郷迄潮さし入しと云、故に今に浦の名存せり」という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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