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綽如 しゃくにょ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

綽如 しゃくにょ

1350-1393 南北朝時代の僧。
観応(かんのう)元=正平(しょうへい)5年3月15日生まれ。善如(ぜんにょ)の子。康応元=元中6年浄土真宗本願寺5世をつぐ。まもなく嫡男巧如(ぎょうにょ)に寺務をゆずり,越中(富山県)井波瑞泉寺をひらき,北陸の教化をはかった。明徳4年4月24日死去。44歳。法名は時芸。通称は中納言。別号に尭雲,周円。著作に「入出二門偈引記」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

綽如

没年:明徳4.4.24(1393.6.4)
生年:観応1/正平5.3.15(1350.4.22)
南北朝時代真宗の僧。本願寺5世で,越中国(富山県)井波に瑞泉寺を建てたことで有名。京都東山大谷の生まれ。本願寺4世善如の子。諱は時芸。康応1(1389)年継職すると,すぐさま長男の巧如に譲状を記し,北陸へ下向。翌年「勧進状」を認めて,越中国井波に瑞泉寺を建立し,この後しばしば逗留した。この建立は,綽如の博識が朝廷に高く評価され,勅定によりなされたとも伝える。また,「勧進状」の筆者「尭雲」は綽如ではないという説もみられる。<著作>『勧進状』<参考文献>『賢心物語』『本願寺史』

(草野顕之)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

綽如 (しゃくにょ)

生年月日:1350年3月15日
南北朝時代の真宗の僧
1393年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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