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緒方春朔 おがた しゅんさく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

緒方春朔 おがた-しゅんさく

1748-1810 江戸時代中期-後期の医師。
寛延元年8月18日生まれ。長崎で吉雄耕牛にまなび,筑前(ちくぜん)(福岡県)秋月藩につかえる。寛政元年の痘瘡流行に際し,はじめて鼻乾苗法をもちいて種痘に成功。また日本で最初の種痘書「種痘必順弁」をあらわす。天文学にも通じた。文化7年1月21日死去。63歳。筑後久留米(福岡県)出身。本姓は瓦林。名は維章。別号に済庵,洞雲軒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

緒方春朔

没年:文化7.1.21(1810.2.24)
生年:寛延1.8.18(1748.9.10)
江戸後期の医学者。久留米藩(久留米市)藩士瓦林清右衛門の次男。久留米生まれ。名は維章,済庵と号した。洞雲軒,混卿の別号もある。のち久留米の緒方元斎の養子となる。はじめ長崎に遊学して吉雄耕牛の門に入る。清の『医宗金鑑』の人痘接種法を読み,李仁山の施術を聞いて人痘接種法の実施に心をくだいた。寛政1(1789)年5月秋月藩主黒田長舒にその才能を認められて藩医にあげられ,同2年に鼻乾苗法を用いて,人痘接種に最初の成功をおさめた。この成功を広く世に伝えようとしてまとめたのが『種痘必順弁』(1795)である。仮名交じりのやさしい表現をもつ同書のほか,医家向けの専門書として『種痘緊轄』(1796)や『種痘証治録』(同)がある。<参考文献>富士川游「緒方春朔」(『富士川游著作集』7巻)

(深瀬泰旦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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