縄間浦(読み)のうまうら

日本歴史地名大系 「縄間浦」の解説

縄間浦
のうまうら

[現在地名]敦賀市縄間

西(にし)浦一〇ヵ浦の一。北は常宮(じようぐう)浦、南は名子(なご)浦で東面のみ海湾が開け、他の三方は山に囲まれる。建暦二年(一二一二)九月日付越前気比宮政所作田所当米等注進状(越前気比宮社伝旧記)に「大縄間」とみえ、室町末期の大中臣教親書状(秦家文書)には「太縄間」、元亀二年(一五七一)の名子浦前網入期限延引ニ付請状(相生山本家文書)には「なわま」とある。延暦年間(七八二―八〇六)名子浦に八幡大神の神霊が示現してこの浦に神幸になり、浦人はただちに注連縄を張り巡らして大神に神酒を献じ、この浄域に殿を建てて八幡神社を信仰したが、地名もこれによるという伝承がある(敦賀旧町村地名考)。

村高は一二八石余で、慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図から、天保郷帳までほとんど不変。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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