日本歴史地名大系 「美多庄」の解説
美多庄
みたのしよう
現西ノ島町域にあった庄園。西ノ島東端の
暦応元年(一三三八)八月の沙弥某補任状は能賢(笠置氏か)に美多庄一分方国作公文給田を与えたものであるが、一分方と二分方(応永三四年四月一六日某安堵状)に区分され、公文も地頭方と領家方に分れていたことが知られる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現西ノ島町域にあった庄園。西ノ島東端の
暦応元年(一三三八)八月の沙弥某補任状は能賢(笠置氏か)に美多庄一分方国作公文給田を与えたものであるが、一分方と二分方(応永三四年四月一六日某安堵状)に区分され、公文も地頭方と領家方に分れていたことが知られる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新