美弥良久之埼(読み)みみらくのさき

日本歴史地名大系 「美弥良久之埼」の解説

美弥良久之埼
みみらくのさき

古代にみえる五島地名旻楽埼などとみえ、現三井楽町に比定される。「肥前国風土記」松浦郡値嘉郷条に「美弥良久之埼」とみえ、遣唐使船は値賀ちか島の川原かわら(現岐宿町)相子田あいこた(現上五島町相河か)に停泊して風待ちをしたあと、当地から出航し、西に向かったという。唐に渡海する重要な拠点であり、承和四年(八三七)には筑前博多大津を出た第一七次遣唐使船が「松浦郡旻楽埼」に向かったが、逆風にあって三艘のうち二艘は壱岐島に流れ着き、一艘は値賀島に漂着している(「続日本後紀」同年七月二二日条)。天安二年(八五八)六月八日に唐の商人李延孝の船に乗った円珍は、同月一九日に「西界肥前郡松浦県管美旻楽埼」に到着している(貞観五年一一月一三日「円珍奏状」園城寺文書、「智証大師伝」)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本の株式の水準を示す、東京証券取引所第1部225銘柄の平均株価。単位は円。構成銘柄は時価総額の分布の変化などにより、適宜入れ替えられている。現在の形になったのは1985年5月からである。ダウ・ジョー...

日経平均株価の用語解説を読む