美旗新田(読み)みはたしんでん

日本歴史地名大系 「美旗新田」の解説

美旗新田
みはたしんでん

[現在地名]名張市新田(しんでん)・西原(にしわら)町・さつき台(だい)一番町・美旗(みはた)町〈中(なか)一番・中(なか)二番・中(なか)三番〉

下小波田(しもおばた)村の北にあり、東北は上神戸(かみかんべ)村(現上野市)と接する。多くの古墳をもつ低丘陵地で、「日本書紀」持統天皇三年八月一六日条に「伊賀国の伊賀郡の身野(むの)二万頃に漁(すなどり)猟することを、禁(いさ)め断(や)めて、守護人(もりひと)を置き」とある身野は「みの」あるいは「むの」と読み、この辺り一帯をさすと考えられる。皇室の狩猟場ないし薬草採集地として一般人の立入りを禁ずる料地であったと思われる。そのためか、後の記録・文書にこの地名は見当らない。承応三年(一六五四)津藩の開発事業の一環として、この地に開墾の鍬が入れられた。提案者であった加判奉行加納直盛を中心として、灌漑用水確保のため、上小波田の東(とう)ノ峡間(はざま)池、滝之原の大(たきのはらのおお)池の二つの造池工事が完成したのは、翌四年であった(宗国史)。入植者には優遇策が講じられたが、新墾地の成績は良好でなく、開墾三年目にあたる明暦三年(一六五七)の庄屋伝兵衛の報告によれば、農家一八五戸で総生産高一千一三〇俵、一戸当り六俵にすぎない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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