耳塚村(読み)みみづかむら

日本歴史地名大系 「耳塚村」の解説

耳塚村
みみづかむら

[現在地名]穂高町大字有明ありあけ 耳塚

中房なかぶさ川扇状地の扇端に位置し、中房川の分流であるあぶら川・中沢なかざわによって古くから開田の進んだ村。

村名の由来は同村の東南に高さ一・五メートル、径一〇メートルくらいの耳塚と称する塚のあることによる。ここに祠があって、例祭を四月に行う。この耳塚の成立について二説ある。当安曇地方の支配者を祀った古墳説が有力であるが、有明山をおがむための祭壇説もある。前説は、大塚の別称から近くに所在する「延喜式」所載の名神大社穂高神社を奉斎した安曇氏の墳墓で、「みみ」はその尊称であるとする。後説は有明山の麓に住んだといわれる八面大王の耳を埋めた塚であるとの伝説に基づくものである(このことから当社は耳病に御利益があるとされる)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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