胆沢町(読み)いさわちよう

日本歴史地名大系 「胆沢町」の解説

胆沢町
いさわちよう

面積:二九七・七五平方キロ

胆沢郡の中部に位置し、北は金ヶ崎(かねがさき)町・和賀郡和賀町・湯田(ゆだ)町、東は水沢市、南は前沢(まえさわ)町・衣川(ころもがわ)村・一関市、西は奥羽山脈で秋田県雄勝(おがち)郡東成瀬(ひがしなるせ)村に接する。町域西半は栗駒(くりこま)国定公園に含まれる山並で、経塚(きようづか)山(一三七二・六メートル)・焼石(やけいし)岳(一五四八・一メートル)・横(よこ)岳(一四七三メートル)・獅子ヶ鼻(ししがはな)岳(一二九三・六メートル)・小胡桃(こくるみ)山(七八二・七メートル)・大胡桃(おおくるみ)山(九三四メートル)などが連なり、これらの沢水を集めた胆沢川が蛇行しながら東流、東部の胆沢扇状地では金ヶ崎町との境をなして北上川に流入している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む