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脇坂義堂 わきさか ぎどう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

脇坂義堂 わきさか-ぎどう

?-1818 江戸時代中期-後期の心学者。
はじめは書店主。手島堵庵(とあん)について心学をおさめ,江戸人足寄場の教諭となり,金沢など各地で布教。大津街道の改修や京都東山蹴上(けあげ)の常夜灯設置など公共事業につくした。文化15年4月3日死去。京都出身。名は弘道。通称は青貝屋庄兵衛。著作に「忍徳教」など。
【格言など】踏まれても根強く忍べ道芝のやがて花咲く春に逢ふべし

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大辞林 第三版の解説

わきさかぎどう【脇坂義堂】

?~1818) 江戸後期の心学者。京都の人。手島堵庵・布施松翁について心学を修める。江戸の人足寄場の教諭方として活動するとともに、各地で心学布教をした。著「おしえの小槌」など多数。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の脇坂義堂の言及

【石門心学】より

…知・情・意の根源を求め,雄大な体系をたてるとともに,経験的心理学に近い究明も行った。脇坂義堂(?‐1818)は舌禍によって堵庵から破門されたが,江戸へ下って道二の知遇を得て,人足寄場教諭方に推薦された。その講話は《心学教諭録》と題して出版されたが,その他20種50巻に及ぶ平易な教訓書を著した。…

※「脇坂義堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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