興津貝塚(読み)おきつかいづか

日本歴史地名大系 「興津貝塚」の解説

興津貝塚
おきつかいづか

[現在地名]美浦村興津

北に谷津が開口する台地の西と北の斜面の二地点に営まれ、昭和三二年(一九五七)・四二年には北斜面の貝塚の発掘調査が行われた。ウミニナ、ツメタガイ、イボニシなど二〇種の貝類によって構成された貝塚で、魚類ではエイ、ボラ、クロダイ、獣類ではイノシシ、ニホンシカ、ノウサギなどの骨が発見され、ほかに打製石斧・石鏃・礫器・鹿角製有尖頭器・骨針・土錘などが出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 繊維土器 土器

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む