日本歴史地名大系 「舟谷村」の解説
舟谷村
ふなだにむら
[現在地名]土佐山田町船谷
天正一六年(一五八八)の山田郷地検帳には舟谷村として四〇筆が記されるが、その多くは舟谷名とあり、舟谷八良左衛門抱、もしくは給とある。なお舟谷名はほかにもイモシカ谷に五筆、陰野に一筆記される。居屋敷は九筆で、現在の船谷池の南方、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天正一六年(一五八八)の山田郷地検帳には舟谷村として四〇筆が記されるが、その多くは舟谷名とあり、舟谷八良左衛門抱、もしくは給とある。なお舟谷名はほかにもイモシカ谷に五筆、陰野に一筆記される。居屋敷は九筆で、現在の船谷池の南方、
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