舟谷村(読み)ふなだにむら

日本歴史地名大系 「舟谷村」の解説

舟谷村
ふなだにむら

[現在地名]土佐山田町船谷(ふなだに)

佐古藪(さこやぶ)村の北、北から張出した船谷山の西側に集落がある。片地(かたじ)郷(村)一三ヵ村の一であるが、元禄郷帳などでは影山(かげやま)村の枝村とされる。明治初年片地村となる。

天正一六年(一五八八)の山田郷地検帳には舟谷村として四〇筆が記されるが、その多くは舟谷名とあり、舟谷八良左衛門抱、もしくは給とある。なお舟谷名はほかにもイモシカ谷に五筆、陰野に一筆記される。居屋敷は九筆で、現在の船谷池の南方、奥屋敷(おくやしき)・関(せき)ノ屋敷(やしき)付近に記されるが、のちには西方の新開地の方に集落ができた。元禄地払帳では「陰山村」に含まれるが、当村のみの本田高は一三二・二〇五石(元禄郷帳)。寛保郷帳では家数三一、人数一一七、牛七、馬二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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