芝築地同朋町代地(読み)しばつきじどうぼうちようだいち

日本歴史地名大系 「芝築地同朋町代地」の解説

芝築地同朋町代地
しばつきじどうぼうちようだいち

[現在地名]港区東麻布(ひがしあざぶ)二丁目

新堀(しんぼり)川北岸にある代地。片側町で、東が中之(なかの)橋道敷、西が芝南新門前(しばみなみしんもんぜん)町一丁目代地。起立から町奉行支配。元来は対岸の南東方、のちに芝の薩摩鹿児島藩島津家上屋敷となったところにあって芝新馬場同朋(しばしんばばどうぼう)町といい、馬場だった場所が貞享(一六八四―八八)頃からしだいに拝領地になったものである。元禄一二年(一六九九)に金杉(かなすぎ)川(古川)の改修があって浚い土で築き立てたので、芝築地同朋町とも唱えてきた。享保一四年(一七二九)同藩上屋敷に囲込まれ、拝領主一五人・一五ヵ所の地面二千二一三坪余が、神田和泉(いずみ)橋外佐久間(さくま)町(現千代田区)続きの防火明地に代地を得て神田山本(かんだやまもと)町と唱え、旧地には芝新馬場同朋町の町名も残していた。その後寛政五年(一七九三)神田山本町は類焼、防火明地になって御成小路の武家屋敷跡(現同上)が代地になり神田山本町代地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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