花津留村(読み)はなづるむら

日本歴史地名大系 「花津留村」の解説

花津留村
はなづるむら

[現在地名]大分市花津留一―二丁目・東津留(ひがしづる)一―二丁目・東浜(ひがしはま)一―二丁目・大州浜(おおすはま)一―二丁目・青葉町(あおばまち)・西(にし)ノ洲(す)

大分川の分流裏(うら)川左岸にあり、伊予街道に沿って三角洲の上に大分川寄りから中津留(なかづる)村・花津留村と続く。慶長六年(一六〇一)四月一六日の中川秀成知行方目録案(中川家文書)に「花村」とみえ、一村高一八石七斗九升四合が岡藩領。寛永一一年(一六三四)からの領主の変遷は今津留(いまづる)村に同じで、正保郷帳によれば畑地水損所。高二六石余、笠和(かさわ)庄に所属。町組東五ヵ村のうち。地形的にも氾濫などを受けて稲作はほとんど不可能な地帯であったと考えられる反面、塩浜の開発が進められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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