芹谷野・芹谷野用水(読み)せりだにの・せりだにのようすい

日本歴史地名大系 「芹谷野・芹谷野用水」の解説

芹谷野・芹谷野用水
せりだにの・せりだにのようすい

庄川右岸にほぼ南北に長く延びる洪積層の古い段丘を芹谷野段丘とよび、福岡の厳照ふくおかのごんしよう寺付近での比高は約三〇メートル。南は安川やすかわ付近から北は射水いみず郡の大門だいもん串田くしだ付近に至る南北約一〇キロに広がり、東側の庄東しようとう山地との間を和田わだ川が深くえぐっている。同川東岸芹谷には古刹芹谷山千光せんこう寺があり、永正三年(一五〇六)九月二六日の遊佐慶親書状(護国八幡宮文書)に「芹谷合戦」とみえ、永正一揆の際の同年九月一九日、一帯で越後守護代長尾能景らの軍勢と一向一揆との間で合戦があった。芹谷野は「せりだんの」ともよばれる。江戸時代の地誌類には栴檀野せんだんの・千檀野とも記すが(「三州志」など)、これは「せりだに」の約音「せんだん」に好字を当てたものであろう。

寛文三年(一六六三)射水郡しま(現大門町)の九郎兵衛(折橋氏、十村二郎右衛門の倅)射水平野灌漑と芹谷野段丘の開墾のために庄川で取水し、段丘上を北流して射水平野へ落ちる用水路開発を発案し、加賀藩の許可を得て礪波となみ戸出といで(現高岡市)の又八(川合氏、御扶持人十村又右衛門の倅)とともに主付となり、芹谷野用水の開削に着手した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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