若佐野村(読み)わかさのむら

日本歴史地名大系 「若佐野村」の解説

若佐野村
わかさのむら

平安時代の史料にみえる新川郡の村名。「続日本後紀」承和六年(八三九)一二月八日条によると、去る六月二八日、新川郡若佐野村に慶雲が現れ、「彩色奇麗、形象非常」であったことが越中国から上奏されている。現立山町を流れる白岩しらいわ川の支流である栃津とちづ川は一名若狭わかさ川とよばれるので(三州地理志稿)、この流域に若佐野村の位置した可能性がある。しかも白岩川と栃津川の合流する現立山町いずみ寺田てらだ一帯は奈良東大寺領おおやぶ庄の故地に比定されるが、天平宝字三年(七五九)一一月一四日の新川郡大藪開田地図(正倉院蔵)では、同庄の中央を東西に通じる道を若刺わかさ道と表記しており、この道が若佐野村に通じていた可能性がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む