若王寺村(読み)なこうじむら

日本歴史地名大系 「若王寺村」の解説

若王寺村
なこうじむら

[現在地名]尼崎市若王寺一―三丁目・上坂部かみさかべ三丁目・下坂部しもさかべ四丁目・久々知くくち一丁目・小中島こなかじま一丁目・瓦宮かわらのみや二丁目・口田中くちたなか二丁目

小中嶋こなかじま村の西に位置する。応永一九年(一四一二)に書写された北野天満宮一切経のうち菩提場所説一字頂王経巻第三(大報恩寺蔵)の奥書に「摂津国河辺郡橘御園若王寺住僧」惣海がみえ、同経を転読している。文明一五年(一四八三)九月に本願寺蓮如は有馬ありま温泉(現神戸市北区)での湯治帰路に「サカ部・若王寺」を通って神崎かんざきに向かっている(「本願寺蓮如摂州有馬湯治記」広島大谷派本願寺別院文書)


若王寺村
やこうじむら

[現在地名]酒田市豊川とよかわ

明成寺みようじようじ村の西、日向につこう川に支流の荒瀬川が合流する地点左岸に位置し、地内を井皿いざら溝が西流する。若王子村とも記す。慶長一六年(一六一一)検地帳(若王寺区有文書)によると田四千七〇七束刈、米四二石余、畠大豆二斗二升余、居屋敷一三、うち家八・明屋敷五、漆木三三本、居繰役鮭三尺。名請人は八人。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高一〇四石余と六斗余で計一〇五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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