「湯」は薬湯、「治」は治療を意味し、病気や傷の治癒を目的として温泉や薬湯につかり、あるいは石風呂(ぶろ)(蒸し風呂)で汗を流すこと。のちには温泉宿に滞在して自炊しながら保養することをいう。日本は火山国で温泉が多いが、温泉発見の由来や伝説には、鶴(つる)の湯、鹿教湯(かけゆ)など傷ついた動物に教えられたとか、薬師(やくし)湯、大師(だいし)湯など仏の霊顕(れいげん)や高僧に結び付けたものが多く、もっぱら薬効が重んじられた。一種の物理療法として使用されたのである。『日本書紀』には、舒明(じょめい)天皇の有馬(ありま)の湯(現神戸市)行幸などの記述があるが、遠方の温泉につかりに行くなどは、一部上流の階層に限られたことであったろう。また11世紀初めの公卿(くぎょう)の日記には、枸杞(くこ)の湯で沐浴(もくよく)して湯治といっている。漢方療法の一種で、広く行われたものであろう。子供が汗疹(あせも)で苦しむとき、桃の木の葉を入れた湯に入れるのも同種の療法であり、五月節供の菖蒲(しょうぶ)湯や冬至の柚(ゆず)湯などは年中行事になっており、各家に内湯を設けるようになった現代でも、実行している人が少なくないし、湯の花と称する温泉の化学成分を、家庭の風呂に入れるなどの利用法もある。もう一つの石風呂は、いまは近畿から瀬戸内海沿岸の地帯にしか残っていないが、岩室(いわむろ)で火を燃やしてぬれむしろなどをかぶせて湯気をたてるもので、古風な蒸し風呂であり物理的な療法であった。温泉を近くにもつ農村などでは、農閑期に家族打ち連れ、食料などもあらかた持参して自炊しながら、長期滞在して骨休めをしたものであり、そういう温泉地を湯治場とよんでいた。太平洋戦争の前後までは、電灯も通じていない山あいのランプの湯宿が多くあった。湯治場の宿は割長屋のような構造で、食料ばかりか鍋釜(なべかま)までも持って行く人があり、蒲団(ふとん)1枚、毛布1枚などそれぞれに借り賃が定められて、全体として安価に滞在することができた。経済の高度成長以後、温泉は遊興・観光の場の色合いを強め、湯治の宿は激減した。
[井之口章次]
温泉の医治的利用法については「温泉療法」で解説してあるので、ここでは古来特殊な入浴法をもって知られるおもな温泉について述べる。
(1)時間湯(高温酸性泉浴) 泉温48℃という熱い酸性泉に3分間ずつ1日4回入浴する。入浴前に湯もみをして温度を下げ、かぶり湯をしてから湯に入る。湯ただれをおこすほど皮膚に強い刺激が与えられ、頑固な慢性皮膚病に対してこの変調効果が利用される。草津(群馬県)や那須(なす)湯本(栃木県)の温泉が有名で、とくに草津温泉では熱湯を長い板でかき回すときに歌う「湯もみ唄(うた)」が『草津節』として知られる。
(2)冷泉浴(超寒冷泉浴) 泉温13~14℃の冷泉に2~5分間入浴する。皮膚病のほか、とくに精神障害に卓効があるといわれ、頭部灌注(かんちゅう)も行われる。寒ノ地獄(大分県)が有名で、ここでは10~20分もがまんしてから暖房室で体を乾かすが、病気によって入浴法が違うので注意すべきである。
(3)微温浴(微温長時間浴) ほとんど体温に近い不感温度(35~38℃)で長時間入浴する。通常30分から2時間くらい、人によってはもっと長時間入浴することもある。鎮静作用があり、おもに精神障害、高血圧、不眠症などに利用される。湯段(ゆだん)(青森県)、定義(じょうげ)(宮城県)、湯岐(ゆじまた)(福島県)、板室(いたむろ)(栃木県)、法師(ほうし)(群馬県)、姥子(うばこ)(神奈川県)、畑毛(はたけ)(静岡県)、栃尾又(とちおまた)(新潟県)、奥津(おくつ)(岡山県)などがある。
(4)かけ湯 浴槽のわきにあおむけに寝て腹部に湯を何杯もかけるもので、慢性の胃腸病に効果があるという。湯平(ゆのひら)(大分県)が有名。
(5)泥浴(でいよく)(鉱泥浴) 温泉の混じった泥土に浸るか、患部に塗るか(鉱泥湿布)して用いる特殊利用法で、専門医の指導を受けて行うのが望ましい。牧ノ戸(まきのと)(大分県)などが有名。
(6)その他 天然の蒸し風呂を利用した蒸し湯としては、熱い土間に横たわる須川(すかわ)(岩手県)や洞窟(どうくつ)風呂の夏油(げとう)(岩手県)などがあり、砂湯の指宿(いぶすき)(鹿児島県)も有名。
[小嶋碩夫]
病気やけがの治療,疲労回復などを目的として温泉を利用すること。慢性の病気をもつ者が滞在するほか,田植後や農閑期の農民が慰労のため団体ででかけることも多い。病気治療が目的の場合,症状に効能があるとされる温泉を選び,米・味噌などの食糧を持参し湯治場で自炊した。定期的な湯治としては丑(うし)湯治がある。土用の最初の丑の日から次の丑の日までの湯治で,とくに丑の日の丑の刻に入浴するのが最も効能があるとされる。温泉の多くは信仰と不可分の関係にあり,行者らが行う湯垢離(ごり)場から発達したものもある。温泉へでかけられぬ者へ湯の花を土産とする習慣もある。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…ヨーロッパに温泉療法が広まったのはローマ帝国の支配によるもので,ゲルマン人の侵入とキリスト教の影響で温泉療法は一時衰退したが,イタリア戦争や宗教戦争に際して傷病者に対する医療効果の大きいことが再認識され,18~19世紀にかけて発展した。温泉療養は金と時間がかかるので,湯治に行くのは上流階級のみであったが,今日では,社会保険の適用によって,多くの人々が療養を受けることができる。治療は温泉医の指導の下で飲用を主とし,期間は2~3週間。…
…こうしたもろもろの効果が山への転地療法の基礎となる。
[温泉地への転地]
昔から湯治は転地療法の一つとして利用されてきた。温泉のそれぞれの泉質は,それぞれの疾病に特異的に効くばかりでなく,温泉の非特異的な効果も転地療法には大きな意義をもっている。…
※「湯治」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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