茂浦村(読み)もうらむら

日本歴史地名大系 「茂浦村」の解説

茂浦村
もうらむら

[現在地名]平内町茂浦

東は半島の脊梁山脈で白砂(しらすな)村・滝(たき)村と境し、南は浪打(なみうち)山で浪打村に接し、西は陸奥湾に面し、北は支村の浦田(うらた)村。正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の田舎(いなか)郡新田に高四一・九二石とある。元禄二年(一六八九)の黒石平内巳年郷帳(市立弘前図書館蔵)には村高一二六・三五三石、うち田方一一六・四五三石、畑方六・五一一石、屋敷方三・三八九石とある。寛政七年(一七九五)の「津軽の奥」に次のようにある。

<資料は省略されています>

嘉永三年(一八五〇)の「東奥沿海日誌」に「是より山伝ひ田道を下りて蒲浦、漁家のミ也。しかれ共少し磯際に田有故に是を耕すよし。人家随分富り」とある。

茂浦から北方の夏泊(なつどまり)崎まではリアス海岸で、漁業に適し、藩政時代海浜は製塩地として重視され、平内地方の総生産は月一千俵とみられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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