荒井用水(読み)あらいようすい

日本歴史地名大系 「荒井用水」の解説

荒井用水
あらいようすい

浦見(うらみ)川(現三方町)の工事を完成させた小浜藩の郡奉行行方久兵衛が金山(かなやま)村・大藪(おおやぶ)村に新田開発のため、寛文三年(一六六三)工事に着手し同五年に完成した灌漑用水。

用水路は、耳(みみ)川の水を佐野(さの)村の梨木(なしき)で取入れ、耳川左岸の興道寺(こうどうじ)村を経て北流し、矢筈(やはず)岳の尾根の北端から西へと続き、気山(きやま)村字牧口(まきぐち)(現美浜町)から久々子(くぐし)湖へ注ぐ。延長七キロ。佐野村一七町二畝二五歩、興道寺村五五町九反二畝、金山村四八町五反二畝二九歩、久々子村一五町一反七畝一六歩、大藪村二七町二反三畝二八歩、牧口一五町五反一一歩、気山村(現三方町)一町八反七畝一八歩、計一八一町四反九畝七歩の水田を灌漑する(三方郡誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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