荒神山村(読み)こうじんやまむら

日本歴史地名大系 「荒神山村」の解説

荒神山村
こうじんやまむら

[現在地名]津山市荒神山

山間の村で、荒神山(二九八メートル)がそびえる。山裾を通る道は、東は押淵おしぶち村、西はたね村からさら村へと続く。領主の変遷は高尾たかお村に同じ。正保郷帳では田方七石・畑方七四石余、元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では一一三石余、うち改出高二七石余・開高四石余。「作陽誌」では二七戸・九九人。

荒神山城は元亀元年(一五七〇)に宇喜多直家の部将花房助兵衛職秀(または職之)が築城した。山名山麓に荒神の祠があったからといわれる。職秀は宇喜多氏の足軽大将として七千石を知行する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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