荻町村(読み)おぎまちむら

日本歴史地名大系 「荻町村」の解説

荻町村
おぎまちむら

[現在地名]白川村荻町

庄(しよう)川沿いにある村。白川街道は対岸を通るため大牧(おおまき)村に一所、字シウト尻(じり)から鳩谷(はとがや)村に一所籠渡があった。天生(あもう)峠を越えて吉城(よしき)郡小鷹利(こたかり)郷天生村(現河合村)にも通じた。白川郷中でも恵まれた土地柄で、「飛騨国中案内」に「平地にて地面も飯島・鳩谷両村同様の土地也、白川郷の内にて此三ケ村は上所なり」と記される。この地域を大郷(だいごう)とよぶ(斐太後風土記)。蓮光(れんこう)寺の明応三年(一四九四)本願寺実如下付の方便法身尊像裏書に「飛騨国白川郷荻町」とある。

慶長一八年(一六一三)飛騨国郷帳の白川ノ郷に「山かミくミ」として村名がみえ、高一八六石余。元禄検地反歩帳では一三一石余、田七町七反余・畑一〇町六反余。元禄一〇年(一六九七)再び村の一部が高山別院照蓮(しようれん)寺(現高山市)領として除地となり、幕府領と区別して俗に寺領荻町といった(「岐阜県史」など)。「飛騨国中案内」によれば幕府領分八六石余・寺領荻町四二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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