20世紀日本人名事典 「菅忠雄」の解説 菅 忠雄スガ タダオ 大正・昭和期の小説家,編集者 生年明治32(1899)年2月5日 没年昭和17(1942)年7月9日 出生地東京・小石川早竹町 学歴〔年〕上智大学中退 経歴大正10年大仏次郎らと同人誌「潜在」を発行。13年夏目漱石の旧友だった父虎雄の紹介で菊池寛や久米正雄を知り文芸春秋社に入り、編集に従事、のち同誌およびオール読物の編集長となった。「文芸時代」の発起人の一人で、代表作に「銅鑼」「小山田夫婦の焦眉」などがあり、新進傑作小説全集の中に「関口次郎・菅忠雄集」がある。昭和11年ころから結核に倒れた。文芸春秋社客員。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菅忠雄」の解説 菅忠雄 すが-ただお 1899-1942 大正-昭和時代前期の編集者,小説家。明治32年2月5日生まれ。菅虎雄の子。文芸春秋社にはいり,雑誌「文芸春秋」などの編集長をつとめた。大正13年川端康成らと「文芸時代」を創刊。昭和17年7月9日死去。44歳。東京出身。上智大中退。作品に「銅鑼(どら)」「小山田夫婦の焦眉」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by