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菅沼奇淵 すがぬま きえん

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美術人名辞典の解説

菅沼奇淵

江戸後期の俳人。大坂生。号は七彩堂・大黒庵・茅淳翁・桃序・花屋庵・花屋裏奇淵・奇中等。二柳の門。芭蕉祭祀の行事を創始する。法橋に叙せられた。『不二庵終焉記』『西国七部集』『季奇大全』等編著が多い。天保5年(1834)歿、70才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菅沼奇淵 すがぬま-きえん

1765-1834 江戸時代後期の俳人。
明和2年生まれ。松尾芭蕉(ばしょう)終焉(しゅうえん)の地大坂南御堂前の花屋近くにすみ,花屋裏とも号した。師の勝見二柳(じりゅう)の跡をつぎ蕉門の拡大につくし,法眼となる。天保(てんぽう)5年5月18日死去。70歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。別号に七杉堂,大黒庵,桃序など。編著に「新蛙合(しんかわずあわせ)」「芭蕉袖(そで)草紙」「西国七部集」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

菅沼奇淵

没年:天保5.5.18(1834.6.24)
生年:明和2(1765)
江戸中・後期の俳人。初号奇中。別号,七杉堂,桃序,大黒庵など。松尾芭蕉終焉の地である花屋付近に住んで花屋庵,花屋裏とも号する。大坂の人。勝見二柳門。師が始めた芭蕉追善の松風会を継承して寛政8(1796)年から主催。以後,花屋裏年中行事と称して花市会,枯野会などを創始し,年刊句集『松風会』『花市会』『かれの会』などを刊行。師が築いた大坂蕉門俳壇を拡大し,化政期の業俳として西国一帯に勢力を振るい,法眼に叙せられた。『奇淵七部集(西国誹諧七部集)』『芭蕉袖草紙』など編著は多い。

(加藤定彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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