菅浜村(読み)すがはまむら

日本歴史地名大系 「菅浜村」の解説

菅浜村
すがはまむら

[現在地名]美浜町菅浜

敦賀半島の西側にある。北はてら山を境に竹波たけなみ村、東は越前敦賀郡(現敦賀市)じようさきから湾入する織田おた湾の海岸沿いに集落がある。新羅の王子天日槍が滞在した所と伝えられ、菅浜という地名も当地に住んだ天日槍の子孫菅竈由良度美姫の菅竈から起こったという(若狭国神社私考)

「若狭国守護職次第」によれば、応安三年(一三七〇)守護使壱岐太郎が夜討に遭い、それを聞いた守護代は西津にしづ(現小浜市)を立って、山東やまひがし山西やまにしの両郷に攻入り、菅浜において合戦したとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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