菊池政隆(読み)きくち まさたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菊池政隆」の解説

菊池政隆 きくち-まさたか

1491-1509 戦国時代の武将
延徳3年生まれ。菊池為邦(ためくに)の甥(おい)重安の子。永正(えいしょう)元年肥後(熊本県)菊池氏惣領(そうりょう)23代をつぎ,肥後守と称する。翌年阿蘇惟長(あそ-これなが)(のちの菊池武経(たけつね))とむすんだ家臣団に菊池を追われ,復権をはかって挙兵したが敗れ,6年閏(うるう)8月合志郡(こうしぐん)安国寺で自殺した。19歳。初名は政朝(まさとも)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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