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菊池能運 きくち よしゆき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菊池能運 きくち-よしゆき

きくち-よしかず

菊池能運 きくち-よしかず

1482-1504 戦国時代の武将。
文明14年生まれ。菊池重朝(しげとも)の長男。肥後(熊本県)菊池氏惣領(そうりょう)22代。文亀(ぶんき)元年大叔父宇土為光(うと-ためみつ)に肥後守護職(しき)をうばわれる。2年後為光が能運の家臣にたおされ,能運は守護職を回復するが,文亀4年2月15日死去。23歳。跡をつぐ子はなく,菊池氏の正系はたえた。幼名は宮菊丸。初名は武運(たけかず)。名は「よしゆき」ともよむ。

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世界大百科事典 第2版の解説

きくちよしゆき【菊池能運】

?‐1504(永正1)
戦国前期,肥後の武将。重朝の子。本名武運。肥後守。法名儀天明綱。1493年(明応2)父重朝病死のあとを受けて肥後守護職を継いだが,重朝の叔父宇土為光が同職をねらい,菊池氏内部に動揺がおこる。1501年(文亀1)ついに為光に同職を奪われるが,これもわずか2年,03年には菊池氏の老臣らが為光を殺して能運を迎えた。がしかし翌年能運は病死。23歳の若さともいわれる。【山口 隼正】

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世界大百科事典内の菊池能運の言及

【肥後国】より

…旧国名。肥州。現在のほぼ熊本県に当たる。
【古代】
 西海道に属する大国(《延喜式》)。古くは火の国の一部。《日本書紀》持統10年(696)条に,〈肥後国〉とあるので,このころまでには火の国は,火(肥)の前(さき)の国と火(肥)の後(しり)の国に分国したと思われる。大化前代,肥後国の地方には,玉名郡の菊池川流域に日置氏,阿蘇地方に阿蘇君,宇土半島の基部より氷川流域を中心に火(肥)君,八代市南部の葦北君,熊本市の白川下流域に建部君などの豪族が蟠踞(ばんきよ)していたが,その最大の豪族は火君であった。…

※「菊池能運」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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