菊池重朝(読み)きくち・しげとも

朝日日本歴史人物事典 「菊池重朝」の解説

菊池重朝

没年:明応2.10.29(1493.12.7)
生年:宝徳1(1449)
室町時代守護大名肥後守為邦の子,持朝の孫。幼名藤菊丸,通称十郎,肥後守。文正1(1466)年継嗣,肥後隈府(熊本県菊池市)を本拠として肥後北部6郡を支配。父の代に失った筑後守護職回復の志向があった。文明4(1472)年阿蘇山上宮・下宮造営につき棟別銭を課し,同17年には国内玉名郡清源寺が禅宗諸山に列するよう尽力。文事に教養深く同8年には藤崎宮で法楽,連歌を催し,翌年桂庵玄樹滞在に際しては隈府の聖堂釈奠(孔子を祭る典礼)を行い,清源寺明育の上洛送別の七絶詩を贈っている。また同13年には隈府で領内の諸侍や僧侶たちを集め,万句連歌を興行していることが知られる。<参考文献>『李朝実録』『阿蘇文書』「菊池万句」

(阿蘇品保夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菊池重朝」の解説

菊池重朝 きくち-しげとも

1449-1493 室町時代の武将
宝徳元年生まれ。菊池為邦(ためくに)の長男。肥後(熊本県)菊池氏惣領(そうりょう)21代。肥後守護として阿蘇(あそ)神社造営のために棟別銭を課す。桂庵(けいあん)玄樹をまねいて孔子をまつる釈奠(せきてん)をおこなったり,文明13年1日1万句の連歌会をもよおすなど,文人武将として知られた。明応2年10月29日死去。45歳。幼名は藤菊丸。通称は十郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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