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菊池 大麓 キクチ ダイロク

20世紀日本人名事典の解説

菊池 大麓
キクチ ダイロク

明治・大正期の数学者,教育行政家,男爵 文相;東京帝国大学総長;京都帝国大学総長;帝国学士院院長。



生年
安政2年1月29日(1855年)

没年
大正6(1917)年8月19日

出生地
江戸

旧姓(旧名)
箕作

学歴〔年〕
ケンブリッジ大学数学科卒

学位〔年〕
理学博士〔明治21年〕

経歴
父の実家・菊池家を継ぐ。慶応2年、明治3年の二度にわたり英国に留学、ケンブリッジ大学で数学・物理を学ぶ。10年帰国後、東京大学理学部教授となり日本で初めての洋算の講義を行った。一方、文部行政面では専門学務局長、文部次官を経て、31年東京帝国大学総長、34年第1次桂内閣の文部大臣、41年京都帝国大学総長、42年帝国学士院長を歴任。この間、23年から勅選貴院議員。45年枢密顧問官。大正6年理化学研究所の開設に伴い初代所長となった。明治37年男爵。「初等幾何学教科書」をはじめ優れた教科書を著し、文部大臣としては高等教育制度の改革に力を注いだ。

出典|日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について | 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

菊池 大麓
キクチ ダイロク


肩書
文相,東京帝国大学総長,京都帝国大学総長,帝国学士院院長

旧名・旧姓
旧姓=箕作

生年月日
安政2年1月29日(1855年)

出生地
江戸

学歴
ケンブリッジ大学数学科卒

学位
理学博士

経歴
父の実家・菊池家を継ぐ。慶応2年、明治3年の二度にわたり英国に留学、ケンブリッジ大学で数学・物理を学ぶ。10年帰国後、東京大学理学部教授となり日本で初めての洋算の講義を行った。一方、文部行政面では専門学務局長、文部次官を経て、31年東京帝国大学総長、34年第1次桂内閣の文部大臣、41年京都帝国大学総長、42年帝国学士院長を歴任。この間、23年から勅選貴院議員。45年枢密院顧問官。大正6年理化学研究所の開設に伴い初代所長となった。明治37年男爵。「初等幾何学教科書」をはじめ優れた教科書を著し、文部大臣としては高等教育制度の改革に力を注いだ。

没年月日
大正6年8月19日

家族
父=箕作 秋坪(洋学者)

出典|日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について | 情報

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