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華頂宮博経親王 かちょうのみや ひろつねしんのう

美術人名辞典の解説

華頂宮博経親王

華頂宮第一代。伏見宮邦家親王の第十二王子。幼名隆宮。出家して知恩院門跡となり、法諱を尊秀と改める。のち勅命により復飾し一家を創立、知恩院に因んで華頂宮と号す。和学校御用掛、弾正尹等を歴任ののち渡米して海軍学術を修め、海軍の振興を志した。明治9年(1876)薨去、26才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

華頂宮博経親王 かちょうのみや-ひろつねしんのう

1851-1876 幕末-明治時代の皇族,軍人。
嘉永(かえい)4年3月18日生まれ。邦家(くにいえ)親王の第12王子。知恩院門跡(もんぜき)となるが,慶応4年勅命により還俗(げんぞく)し,華頂宮家を創立。明治3年志願して皇族の海外留学第1号となり,アメリカで海軍軍事をまなんだ。海軍少将。明治9年5月24日死去。26歳。

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