華頂宮博経親王(読み)かちょうのみや ひろつねしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「華頂宮博経親王」の解説

華頂宮博経親王 かちょうのみや-ひろつねしんのう

1851-1876 幕末-明治時代皇族,軍人
嘉永(かえい)4年3月18日生まれ。邦家(くにいえ)親王の第12王子。知恩院門跡(もんぜき)となるが,慶応4年勅命により還俗(げんぞく)し,華頂宮家を創立。明治3年志願して皇族の海外留学第1号となり,アメリカで海軍軍事をまなんだ。海軍少将。明治9年5月24日死去。26歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む