落合城跡(読み)おちあいじようあと

日本歴史地名大系 「落合城跡」の解説

落合城跡
おちあいじようあと

[現在地名]栃尾市文納 落合

刈谷田かりやだ川と塩谷しおたに川が合流する地点に突出た丘岬上にある。曲輪は東西に直線的に配される。延享五年(一七四八)の文納村明細帳(文納区有文書)には、長さ三四間、横二八間、堀切二ヵ所、城主は不明とされる。主郭は一段高く六〇メートルに五〇メートルの台地をなし、ほぼ方形であるところから升形ますがた城ともよばれた。主郭の北東隅が急にくびれて細い尾根となり、久保くぼ山につながる。ここを三条の空堀で遮断して城地を形成する。東端の空堀は深さ・幅ともに一〇メートルに達し、他の二条は幅三メートル、深さ二メートル程度で、主郭に接した堀は、掘上げた土を主郭縁辺に積上げて土塁とする。南・北は切崖をなし、西側の縁には高さ一・五メートルの土塁が築かれ、内側に武者走り、外側には犬走りがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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