葛西清貞(読み)かさい きよさだ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「葛西清貞」の解説

葛西清貞 かさい-きよさだ

?-1350 南北朝時代の武将
葛西清重の孫。陸奥(むつ)石巻(宮城県)日和山(ひよりやま)城主。父とともに南朝方北畠顕家(あきいえ)に属し,建武(けんむ)3=延元元年足利尊氏を追って京都にいき,各地を転戦。顕家の死後帰国し,興国元=暦応3年顕家の弟顕信をむかえて陸奥国府攻めなどにくわわった。観応(かんのう)元=正平(しょうへい)5年3月16日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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