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観応の擾乱 かんのうのじょうらん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

観応の擾乱
かんのうのじょうらん

南北朝時代,将軍足利尊氏と弟直義 (→足利直義 ) の間に起った争い。観応期 (1350~52) を中心に,室町幕府の権臣高師直 (こうのもろなお) と足利直義の対立が原因。これは南朝との関係もからんで全国的規模の争いに発展した。幕初においては尊氏は武家の棟梁として主従制的支配権を握り,直義は政務の総括者として統治権を握っていた。しかし,この二頭政治が,兄弟2人の性格の相違から微妙に対立しはじめた頃,きわめて個性の強い高師直が尊氏の執事として幕政に重きをなすようになり,直義との対立を深めていった。正平3=貞和4 (1348) 年正月,河内の四條畷の戦いを契機に直義と師直の対立は急速に激化し,やがて直義と尊氏の抗争に進展し,幕府は両党分裂に陥った。翌年,直義は尊氏に迫り,先を制して師直の執事職を罷免させた。これに続いて師直はクーデターを起し,直義の地位は義詮に譲られ,師直は執事に返り咲いた。正平5=観応1 (50) 年 10月,直義党の挙兵によって第1次分裂が起った。戦いは直義に有利に展開し,翌2年2月,師直らの出家を条件に和議が成立したが,師直は上杉能憲に殺された。この間,直義は南朝と和睦したが,まもなく決裂し,7月末,危機を悟った直義が京都を出奔して,第2次分裂となった。尊氏は南朝と和議を結び,直義追討の綸旨を得て,東国へ逃れた直義を追った。直義は上杉憲顕らに迎えられ鎌倉で政務をとったが,翌年2月死んだ。尊氏と直義の対立は,直義の死によって終ったが,直義の養子直冬 (→足利直冬 ) を中心とした直義党が残っており,南朝の動きとあわせて内乱は持続した。

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デジタル大辞泉の解説

かんのう‐の‐じょうらん〔クワンオウ‐ゼウラン〕【観応の擾乱】

観応年間、足利尊氏とその弟直義(ただよし)の政争。一時和睦したが、観応3年(1352)直義は鎌倉で毒殺された。

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百科事典マイペディアの解説

観応の擾乱【かんのうのじょうらん】

室町幕府草創期は足利尊氏(たかうじ)と弟の直義(ただよし)による二頭政治が行われたが,双方を囲む支持者の対立(特に直義と尊氏の執事の高師直(こうのもろなお)との対立)から1349年−1352年まで続いた内部抗争。
→関連項目足利直義石塔義房上杉憲顕鎌倉公方高師冬信太荘斯波高経白旗一揆放生津留守氏

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世界大百科事典 第2版の解説

かんのうのじょうらん【観応の擾乱】

南北朝時代の1349年(正平4∥貞和5)から52年(正平7∥文和1)まで続いた室町幕府の内部抗争。初期の室町幕府の政治体制は足利尊氏(たかうじ)と弟足利直義(ただよし)の二頭政治で,尊氏は封建制の根幹にかかわる恩賞授与,守護職任免などをみずから行い,直義にはしだいに所領安堵,所領に関する裁判,軍勢の動員などの権限をゆだねた。尊氏の執事高師直(こうのもろなお)は直義の権限拡大に反発し,2人の対立は42年(興国3∥康永1)ごろから表面化したが,これは直義が相論裁定の立場上,公家・寺社の権益擁護に傾きがちであったのに対し,恩賞方の実権をにぎる師直は,国人(こくじん)層の所領獲得要求にこたえるため直義の政策に反対したとみることもできる。

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大辞林 第三版の解説

かんのうのじょうらん【観応の擾乱】

1350年(観応1)から52年にかけて起こった足利尊氏・直義両派の分裂と、それによって引き起こされた全国的争乱。高師直・師泰の死、直義の毒殺によって収まった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

観応の擾乱
かんのうのじょうらん

1349年(正平4・貞和5)から52年(正平7・文和1)にかけて起きた室町幕府中枢部の分裂と、それによって惹起(じゃっき)された全国的な争乱。この間の北朝年号が観応(1350~52)であったことから、この名がある。[佐藤和彦]

原因

足利尊氏(あしかがたかうじ)・直義(ただよし)兄弟による将軍権限の分割政治(二頭政治)のもつ矛盾が、擾乱発生の根本原因であり、新興武士団が実力によって旧体制を打破していくことを承認した高師直(こうのもろなお)(尊氏執事(しつじ))の急進的な行動が、この矛盾をいっそう拡大させた。[佐藤和彦]

経過


第一段階
室町幕府軍が1347年(正平2・貞和3)に河内(かわち)・和泉(いずみ)の南軍と対決したとき、直義派の細川顕氏(ほそかわあきうじ)・山名時氏(やまなときうじ)らが敗退したのに反して、翌年正月楠木正行(くすのきまさつら)らの南軍を破り吉野の攻略に成功した師直の声望が高まった。直義は、師直の勢力伸張を恐れ、49年閏(うるう)6月、師直の執事職罷免を尊氏に強請した。これに抗して、8月、師直は自派を京都に結集し、直義が逃げ込んだ尊氏邸を包囲し、直義の政務(評定(ひょうじょう)、引付(ひきつけ)、安堵方(あんどがた)、問注所(もんちゅうじょ)の支配)の罷免、足利義詮(よしあきら)を関東から上洛(じょうらく)させ、直義にかわって政務につかせることを要求して実現し、直義派の上杉重能(うえすぎしげよし)、畠山直宗(はたけやまなおむね)らを流刑にし、のち殺害した。[佐藤和彦]
第二段階
1350年(正平5・観応1)10月、尊氏・師直らは、直義の養子で中国・九州地方で威勢を振るう直冬(ただふゆ)を討つために西下した。この間隙(かんげき)を縫って、直義は大和(やまと)に向かい、北畠親房(きたばたけちかふさ)を介して南朝と結び、山名時氏、斯波高経(しばたかつね)らを傘下に加えて勢力を挽回(ばんかい)し、翌年正月、義詮を京都から追放した。関東においても、直義派の上杉憲顕(のりあき)は、高師冬(もろふゆ)を甲斐(かい)須沢(すさわ)城(山梨県韮崎(にらさき)市)に攻めて自刃させた。尊氏派と直義派との全面的な武力衝突が畿内(きない)各地において展開したが、ついに2月、摂津打出浜(うちでのはま)の合戦において尊氏派は敗れ、師直・師泰(もろやす)は上杉能憲(よしのり)(重能の養子)によって殺害された。[佐藤和彦]
第三段階
打出浜の合戦の勝利の結果、直義は義詮の政務を後見することとなったものの、内訌(ないこう)は鎮静せず、両派の対立が続いていた。この間、5月には、南朝との和議が破れ、南軍は京都奪回を試み、幕府中枢はふたたび分裂するに至った。7月、直義は自ら政務の返上を申し入れ、尊氏・義詮による挟撃を恐れて、8月には、斯波高経らを率いて、桃井直常(もものいなおつね)ら自派の守護で固めた北陸へと逃亡した。9月、近江(おうみ)の合戦に敗れた直義は、上杉憲顕を頼って関東に向かい、11月には鎌倉へ入った。尊氏は、鎌倉を攻撃するために南朝と和睦(わぼく)し、駿河(するが)・伊豆で直義軍を破り、1352年(正平7・文和1)正月には鎌倉を占領し、2月直義を毒殺して擾乱に終止符を打った。[佐藤和彦]

意義

室町幕府中枢部の分裂により惹起した擾乱は、弱体化しつつあった南朝勢力を復活させることとなり、天下三分の形成を生み、内乱を深化、拡大させることとなった。しかし、擾乱克服の過程において、管領(かんれい)制が生み出されたことにより、幕府の政治機構の一元化も進んでいった。[佐藤和彦]
『佐藤進一著『室町幕府開創期の官制体系』(石母田正・佐藤進一編『中世の法と国家』所収・1960・東京大学出版会) ▽佐藤進一著『南北朝の動乱』(1965・中央公論社) ▽佐藤和彦著『南北朝内乱』(『日本の歴史11』1974・小学館) ▽佐藤和彦著『南北朝内乱史論』(1979・東京大学出版会)』

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世界大百科事典内の観応の擾乱の言及

【南北朝時代】より

…後醍醐天皇を支持する諸国の南朝方は各地で足利方に抗戦したが,足利方は積極的な所領政策などにより多数の国人に支持され,南朝方はしだいに諸国の拠点を失った。しかし49年(正平4∥貞和5)以来幕府諸将間の対立が露呈し,翌50年(正平5∥観応1)尊氏党と直義党に分かれてはげしい内戦(観応の擾乱(じようらん))を展開するにおよび,漁夫の利を得た南朝方は延命のいとぐちをつかみ,直義の敗死後は南軍に下った旧直義党武将とともに再三京都に突入した。とくに鎌倉後期以来諸豪族の利害対立が深刻で,反幕府的風潮の強かった九州は,ほとんど南朝方の制圧下に入った。…

※「観応の擾乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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