蒲ヶ山村(読み)かまがやまむら

日本歴史地名大系 「蒲ヶ山村」の解説

蒲ヶ山村
かまがやまむら

[現在地名]江戸崎町蒲ヶ山

時崎(ときざき)村の北西に位置し、清水(しみず)川上流の台地にある。中世は信太(しだ)庄に属した。正定山大念寺知行所下蒲ケ山村水帳写(大念寺蔵)によれば、慶長八年(一六〇三)五月一一日・寛永一八年(一六四一)一二月一五日に検地が行われている。元禄郷帳の村高は三九一石余、幕末は旗本阿部氏領二〇五石余、江戸崎不動(ふどう)院朱印地一五〇石、大念(だいねん)寺朱印地五〇石(各村旧高簿)。文化元年(一八〇四)の牛久助郷一揆に当村の百姓が積極的に加わったため、過料四貫文が課せられた(「助郷差村騒動御裁許写」飯島家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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