蒲原城跡(読み)かんばらじようあと

日本歴史地名大系 「蒲原城跡」の解説

蒲原城跡
かんばらじようあと

[現在地名]蒲原町蒲原 城山

蒲原町の北側に屹立する標高一四九メートルの山稜一帯に築城された戦国期の城跡。西側の向田むこうだ川と東側の山裾沢さんきよさわ川によって挟まれた複雑な地形を巧みに利用しており、背後は険しい峡谷、前面が駿河湾で「後ろ堅固」の構えであった。

天文八年(一五三九)七月二五日の運次書下写(甲州古文集)に「蒲原之城」とみえ、小田原北条方の攻撃を受けた当城の大手木戸口での小島又八郎の戦功が賞されており、攻撃は八日にあった(同月一〇日「今川義元感状写」同古文集)。なお同年同月一一日の今川義元感状(西武大古本市出品文書)に「蒲原城」とみえ、当城における朝比奈弥八郎の戦功が賞されているが、この文書は検討の余地がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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