蓍町村(読み)めどまちむら

日本歴史地名大系 「蓍町村」の解説

蓍町村
めどまちむら

[現在地名]城南町千町ちまち 蓍町

緑川の南岸の平坦な水田地帯に立地、東は千原ちわら村に接する。近世の緑川改修によって集落の一部は遊水地帯として削られた。慶長国絵図に「蓍町」とあり、寛永五年(一六二八)八月一五日の加藤忠広黒印状(熊本市立博物館所蔵文書)に「益城郡之内蓍町村亡父之跡、無相違遣之候」として「高七百石六斗六升五合」を井村彦右衛門に安堵している。杉島手永に属し、正保郷帳によると高八五一石一斗余、うち田方五二二石一斗余・畠方三二九石余で、この石高千原村を含んだものである。肥後領高人畜家数船数調(永青文庫蔵)に「めど町村 舟数三艘(中略)水夫数拾人」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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