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蔡廷鍇 さいていかいCài Tíng kǎi

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世界大百科事典 第2版の解説

さいていかい【蔡廷鍇 Cài Tíng kǎi】

1892‐1968
中国の軍人。広東省羅定県の人。貧農の出で,保定軍官学校を卒業して軍隊に入った。1932年の上海事変では十九路軍を率いて奮戦したが蔣介石に退けられ,翌年,反蔣の立場から福建人民政府軍事委員会主席となった。抗日戦勝利後,国民党民主促進会を組織し,解放後も人民共和国で高い地位にあった。57年の原水禁大会に中国代表団を率いて来日した。【狭間 直樹】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

蔡廷
さいていかい / ツァイティンカイ
(1896―1968)

中国の軍人、政治家。広東(カントン)省羅定(らてい)生まれ。保定軍官学校卒業。1931年第十九路軍の総指揮代理、1933年福建人民政府軍事委員会主席。日中戦争後の1946年国民党民主促進会を組織し、1947年反国府軍を組織して解放区入りした。1949年新中国の成立とともに政治協商会議の全国委員、国民党革命委員会中央常務委員。1954年の第1期全国人民代表大会以来その広東省代表であった。[加藤祐三]

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世界大百科事典内の蔡廷鍇の言及

【福建人民政府】より

…上海事変で奮戦したため蔣介石に福建移駐・紅軍討伐を命ぜられた十九路軍を核にし,正式には中華共和国人民革命政府という。33年11月,李済深を政府委員会主席,陳銘枢,蔣光鼐,蔡廷鍇をそれぞれ文化,経済,軍事委員会主席にあてて組織され,多くの中間派反蔣人士を結集した。その政策は民主・自由の保証,土地改革・産業統制などであり,民主的社会主義的性格をおびるものであった。…

※「蔡廷鍇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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