蔵見村(読み)くらみむら

日本歴史地名大系 「蔵見村」の解説

蔵見村
くらみむら

[現在地名]福部村蔵見

南田のうだ村の東、塩見しおみ川支流の蔵見川北岸に位置する。集落は上蔵見・中蔵見・下蔵見に分れ、中蔵見を本村とした(因幡志)。拝領高は二一六石余、本免は五ツ三分。藪役銀一八匁四分余を課されており(藩史)、栗池の池田氏、初野氏・神戸氏の給地があった(給人所付帳)。「因幡志」によれば家数四〇。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳では生高三〇一石余、竈数四〇。


蔵見村
くらみむら

現珠洲市三崎町小泊みさきまちこどまり・同町伏見ふしみ・同町細屋ほそやを含む一帯に比定される。正院しよういん郷の内と考えられる。承久三年(一二二一)九月六日の能登国田数注文に「蔵見村 拾四町三段九 元久弐年検注田定」とある。文和元年(一三五二)三月一一日の高座宮本経田田数注文(須須神社文書)によると蔵見内には一町一段の田地が存在した。また貞治六年(一三六七)三月一四日にはせんしん(長氏一族か)が総持寺末の長徳ちようとく(所在地不明)に「くらみのうち」の藤内次郎名および藤内四郎名に所在した田地一町を寄進している(総持寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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