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薙髪令 ちはつれいTi-fa-ling; T`i-fa-ling

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

薙髪令
ちはつれい
Ti-fa-ling; T`i-fa-ling

中国,清朝漢民族に北方民族の風習である薙髪 (→辮髪 ) を強制した法令。清朝は順治1 (1644) 年に北京に入城すると同時に,支配地の漢民族に薙髪を命じ,これを満州人に対する服従の証拠とした。中華思想の根強い抵抗のため強制できなかったが,翌年に再び発令した。このときは薙髪しない者に厳罰でのぞみ,「頭を留めんとすれば髪を留めず,髪を留めんとすれば頭を留めず」といわれるほどであった。江南地方の反清的な知識人のなかにはこれを嫌って自殺した者,僧侶,道士になった者も多かったという。しかし,清朝支配の安定とともに一般的な風習となり,清末に及んだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

薙髪令
ちはつれい

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世界大百科事典内の薙髪令の言及

【辮髪】より

…金(女真族)や元(モンゴル族)の支配を受けた漢民族も辮髪したようだが,とくに徹底して漢民族に強制したのは清(満州族)の場合である。1644年,清は北京入城の翌日に薙髪令(ちはつれい)を下して漢民族に辮髪を命じた。〈留頭不留髪,留髪不留頭(首をつないでおきたかったら髪をそって辮髪せよ)〉というわけである。…

※「薙髪令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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