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漢民族 かんみんぞくHan peoples

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

漢民族
かんみんぞく
Han peoples

中国の基幹住民 (住民の約 92%) で,人口的には世界最大の民族。 10億人をこえる (1990) 。形質的にはモンゴロイドに属し,北部の新石器時代にまで跡づけることができると考えられている。黄河流域に居住して農耕を営み,前2千年紀に殷文明を生み,黄河文明を興隆させた。4~5世紀には五胡の侵入のため揚子江以南にも移住し,中国全土にわたる支配に乗出した。 5000年来漢民族は戦乱,被征服などを通して異民族と混血したが,自己を中華中夏,中国などと美称し,他民族から区別する強烈な民族意識をもち続けている (→中華思想 ) 。漢民族はその周辺の,ことに朝鮮,日本,ベトナムに大きな文化的影響を及ぼした。

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デジタル大辞泉の解説

かん‐みんぞく【漢民族】

中国の人口の9割以上を占める民族。人種的にはモンゴロイドに属する。四千年以上の歴史を有し、早くから王朝を建て、漢字を発明し、独自の文化・制度を発展させた。名称は前3世紀に成立した王朝に由来。漢族

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百科事典マイペディアの解説

漢民族【かんみんぞく】

中国人口の約93%を占める主要民族。中国国内の人口は10億3918万人(1991)。原中国人と呼ばれる漢民族の祖先は黄河中流域に興り,殷・周時代には黄河下流域へ,春秋・戦国時代には四川へと広がった。
→関連項目中華人民共和国

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世界大百科事典 第2版の解説

かんみんぞく【漢民族】

漢民族と一般に通称されている民族とはいったいどんなものなのであろうか。彼らが漢族とも漢人とも呼ばれていることは周知のことである。かつて李済は《漢民族の形成》という著書を著しているが,まさに漢民族と汎称される民族の構成はきわめて煩雑であり,その言葉の持つ意味のとらえ方も多様である。ただ漢民族といわれる集団がどのようにして形成されてきたかということを推測してみると,おそらく往古より肥沃な黄河の中・下流域地方を中心とする華北の地に,それぞれ系統を異にした諸民族が,おのおの固有の文化を持ち寄り凝集し,相互に接触を交わし,その異文化の集結によって生じる文化摩擦のエネルギーが燃焼して,おのずと相互の文化が融合し,あるいは変容をとげて,特異な高文化を作り出したものに相違ない。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

漢民族
かんみんぞく
Han-Chinese

民族意識のうえで中国黄河(こうが/ホワンホー)中下流域の中原(ちゅうげん)地域を原郷と考え、沿岸諸島嶼(とうしょ)、東北地区にも移住して生活し、海外ではとくに東南アジアを中心に、中国籍の華僑(かきょう)、移住先諸国籍の華人として、世界各地に居住する世界最多人口の民族。漢族、漢人ともいう。中国国内の人口は13億人余りとされ、うち漢民族は約92%を占めるといわれている(2010年センサス)。[渡邊欣雄]

民族と言語

漢民族はおよそ紀元前10世紀ごろ、西北の中央アジアから中原地域に周という部族が移動定着し、徐々に周辺諸部族を統合していく過程で形成されたとされる。「民族」という概念は、ヨーロッパ近代の影響で初めて認識されたカテゴリーであるから、むろん周代に漢民族が存在したわけではない。漢民族が自他ともに民族として認識されたのは日清(にっしん)戦争以後であり、中国国内の少数民族との相対において自覚されたのである。したがって近代に形成された漢民族は、それ以前のおよそ3000年にわたる諸集団との融合によって形成されてきたといえる。言語の漢語は漢民族という概念の成立以後、北京(ペキン)官話を共通語として採用したものである。漢語はシナ・チベット語族に属し、多くの方言に分岐している。しかし、およそ3300年前から用いられた甲骨文字以降の文字が「漢字」の名において連綿と用いられてきており、国家統一に役だつとともに、漢字も統廃合がなされてきた。漢民族の成立とともに、漢字は漢民族固有の文字と考えられるに至る。[渡邊欣雄]

農耕文化

「北京原人」の名で知られるように、中国には前期旧石器時代以来の人類が生活していた。漢民族の母体としての文化の淵源(えんげん)は、長江(ちょうこう/チャンチヤン)(揚子江(ようすこう/ヤンツーチヤン))流域に同様の古さの農耕文化があったにもかかわらず、彼らの意識のうえで黄河流域にあった新石器時代の農耕文化に求められてきた。彼らの歴史認識によれば、以後この華北の原郷から周囲の諸集団、ことに長江流域以南の異部族を包摂していく過程を通じて、地方色のある独自の文化を発展させてきたと考えられている。
 漢民族の大部分は灌漑(かんがい)農耕による集約的定着農耕民である。華北は麦、アワ、コウリャン、トウモロコシなどの畑作穀物やジャガイモを主として栽培しているのに対して、華中、華南では水稲耕作とサツマイモの栽培が盛んである。こうした栽培作物の多様性と高度の料理技術とが結合して、地方色豊かな中華料理を生み出してきた。住居も、東北地区や華北の防寒を目的としたれんが造りや土造りの平屋家屋が多いのに対し、華中、華南では防暑、防湿に重点を置いた2階建て木造家屋が多いなど、環境に即した生活様式が認められる。[渡邊欣雄]

社会と宗教

漢民族の社会は伝統的に父系出自集団がその基礎をなしている。子供は父の姓を名のり、結婚後も妻は生家の姓を保つ。一夫一婦制で夫方居住が通則であるが、同姓の男女は結婚できない同姓不婚の原則があった。同祖同姓の一族は「宗族(そうぞく)」とよばれ、祠堂(しどう)に共祖を祀(まつ)り、族長が数百、数千人の族員を統轄している。漢民族の宗教は儒教、仏教、道教の3教、あるいはこれにイスラム教、キリスト教を加えて5教とされるが、基幹宗教は「敬天崇祖」の民俗宗教である。崇拝の対象である諸神には最高神である玉皇上帝(ユーファンシャンティ)をはじめ幾多の機能神がおり、人々の現世利益(げんぜりやく)の対象となっている。また祖先崇拝は漢民族社会の宗教的根幹をなすものであり、さらに悪鬼、邪霊の防除を行う祈祷呪術(きとうじゅじゅつ)も宗教生活に欠かせない。このような漢民族の社会と宗教の伝統は、1949年の中華人民共和国成立以後、大陸では幾多の変革を受けたが、改革開放政策の実施以後復活を遂げた。[渡邊欣雄]
『石川昌著『中国を知る事典』(1981・日本実業出版社) ▽橋本萬太郎編『民族の世界史5 漢民族と中国社会』(1983・山川出版社) ▽曽士才・西澤治彦・瀬川昌久編『アジア読本・中国』(1995・河出書房新社)』

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